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M伯母さんのこと

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毎日毎日、雨、雨、雨、そして大雨、大雨。

これでもかと降り続き、

大きな災害がまた各所で起きている。

濁流に流されたり土砂に埋もれたり・・

どんなに怖く苦しい最期だったことだろう。

この大雨で亡くなられた方がた(高齢者が特に多い)のご冥福をお祈りします。

 

★ ★ ★ ★

 

私の住む市も災害危険地区に当たっていて、
自宅も勤務先もピンポイントでレベル4を超えて
木曜日金曜日は『災害の危険』アラートが鳴り続けた。
(ちなみに金曜日は休校)

 

友人や、弟など、何人かが心配のメッセージを送ってくれて、
ありがたいと思った。(相手の地区も同じように危ないのに)

 

 

そんな大雨の中、

M伯母さんから電話があった。

 

M伯母さんは私の母の長姉で、

母が亡くなってからいろいろ私の父と感情の行き違いがあり、

それから私たちもなんとなく疎遠になっていた。

 

それでも父の葬儀(3年半前)に来てくれてて、

そのとき会って以来会っていない。

 

 

その後、年賀状は出していたけれど向こうからはこなくなっていて、

弟とも、
『Mおばさんは元気なんだろうか。年賀状が来ないというのは何かあったのかも』

と話したりして不安な気持ちでいた。

 

じゃあ電話でもかければいいのに、

どうも気が進まずに今まできたのだ。

 

そこにきて急にM伯母さん本人からの電話。

緊張する。

 

M伯母さんは
すごく若々しい声で
『元気なん?』
と、
何事もなかったように話しかけられ・・・

そうか、この大雨で心配してくれたのか、と思ったけど、

そんな話は出ないので、

こちらから、
『そちらは雨は大丈夫?』と聞いたら、

しばらく沈黙があって、

 

 

『そういうのはよくわからん』

 

・・・って。。。

 

え?
ええええ?
なにそれ。

 

そのあとも会話は変な感じで、

「もう、○○(M伯母さんの娘)と二人だけになったんよ」

と何度も言う。

(伯父さんが亡くなったのはもう10年以上前のこと)

 

M伯母さんがかわいがっていた私の弟の近況を伝えるも、

なんかピンときてないみたいで、

弟の家族構成を間違えていたし、興味なさげだし、

 

なんか変だな・・・

 

「私は90歳なんよ」

と、5回以上は言ってた。脈絡なく。

 

90歳だから、仕方ないのかな。

大雨関係なく、突然私のこと思い出して、電話してくれたのかな。

 

 

ここからも長い。かも。

 

 

このM伯母さんは、

母の6人姉弟の一番上で、長く独身だった。

下の妹3人と弟が結婚したあと、

妻と死別した3人の子持ち男性の後妻に入った。

それまでは、自営業で忙しい私の母の代わりに、
私と弟はしょっちゅう母の実家に預けられ、M伯母さんに面倒を見てもらった。

小さい頃の記憶は、
母の実家でのことがとても多い。

でも、それは私にとってはちっとも楽しい記憶ではなくて、

とてもつらい記憶だ。

 

M伯母さんは、ものすごく怖くて厳しかった。

なにをしても、しなくても、いちいちいちいち小言をいわれた。

やさしくされた記憶がなくて、

いつも「(自分の)家に帰りたい」と思っていた。言わないけど。

 

でも、M伯母さんは私の弟にはやさしかった。

それは、祖母も、祖父も、同居していたまだ未婚だった母の一番末の妹もおなじで。

同じことをしても私だけが怒られた。

小さい弟は、だれからも可愛がられていたけど、

私は疎んじられているなと、ぼんやりと気づいていた。

 

M伯母さんは、大変そうな家に後妻に入り、

しかも子供を産むことを同居の姑さんに反対されたにもかかわらず、

当時にしては決死の覚悟の高齢出産39歳で娘H子を産んだ。

それからは、

M伯母さんも伯父さんも娘H子を目に入れてもいたくないほどかわいがり、

はたから見ても、どれだけ贅沢させるん?というほどお金をかけた。
(あからさまに前妻の子たちと差をつけた)

 

H子はとてもわがままな子に成長し、
M伯母さんが可愛がっていた私の弟をライバル視して嫌っていた。

その関係は今も続いている。

H子は20代の時に結婚したけれど、

1年もたずに離婚して戻ってきた。

その結婚期間中もほとんど実家にいたのだけど。

伯父さんはそれ(離婚)を喜んで喜んで迎えた。。。

 

それからずっと伯父さんが亡くなるまでは3人で、

伯父さんが亡くなってからはM伯母さんとH子と2人で暮らしてきた。

そして、いま、M伯母さんは90歳、H子も50歳なのか・・51かな。

 

電話があってから、

走馬灯のように幼いころからの色々なM伯母さんとの事がよみがえる。

 

とても怖かったM伯母さん。

でも確かに幼かった私と弟の面倒をみてくれて、

忙しい両親に代わっていろいろなところに連れて行ってくれたり、

クリスマスには枕元にプレゼントを置いてくれた。

(夏休みや冬休みはいつも預けられてた)

 

私が結婚してからは、

M伯母さんの地元の特産品をよく送ってくれた。

 

母が闘病中は他の姉妹を統率して

毎日病院に誰かが付き添うようにしてくれた。

 

私も、母の日には母に買うのと同じものをM伯母さんに(日傘や洋服など)送っていたが、

母が亡くなったあとは、買い物に行くのが辛くなってやめてしまった。

母はいないのに、M伯母さんのためだけに何かを買うことができなかったのだ。

 

M伯母さん。

ゴッドマザー。

 

M伯母さんや母たちのたった一人の弟とはみんな絶縁状態だ。

M伯母さんがよくその弟(私にとっては叔父さん)の嫁さんの悪口を言ってるのを聞いた。

 

『○○(叔父さん)は結婚してから変わった』

『あの嫁のせいで〇〇は変わった』

お正月やお盆に帰省してきたとき、
叔父さんのお嫁さんが隠れて泣いているのも見たことがある。

 

祖母が亡くなって、いろいろあって、

遺産相続が発端で、

叔父さんが絶縁宣言をして以来、

どこでどうしてるのか、

生きてるのか死んでるのかもわからない。

私の母(叔父さんにとっては姉)が亡くなったときも連絡していない。

 

叔父さんは、お嫁さんを守りたかったんだな。

叔父さん以外は全部女で、

つまり姉が3人妹が2人の、小姑5人に囲まれてお嫁さんつらかっただろうな。

何しろトップがあのM伯母さんだから。

 

・・・

 

とりとめもなく

M伯母さんのことを書いてしまった。(ながっ)

 

電話があってすぐ、

私の弟にも連絡した。

『M伯母さんから電話があった。元気そうだったよ。電話してみたら?』

 

弟も、

この、私が感じた違和感、感じるかな。

 

★ ★ ★ ★

こないだ、NHKでカニカマのことやってた。

体重管理するアスリートにとって、カニカマは最強の食材だそう。

つまりダイエットに最適ってこと。

そのせいか、しばらく店頭で品薄になっていた。(も~)

 

これは、最近買ったカニカマ。

スティックが10本入ってて(画像は使いかけ、しかも、しかも、さかさま)

な、なんと、  59円 !!

安すぎる。

 

シソで巻いて卵焼きの芯にしてみました。

びみょーだな。

NHKではキッシュにしてたんだったけどね。

 

 

最後まで読んでくださってありがとうございました。

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